小学生のころ、
私は伝記を読むのが好きでした。
小学四年生のマラソン大会の日、
私は怪我をして走れず、みんなが校庭を走っているあいだ、
私は別室で読書することになりました。
そこで読んでいたのが、ダ・ヴィンチの伝記でした。
深い緑色の布張りの本。
タイトルは金色の文字で、
「レオナルド・ダ・ヴィンチ」
小学生にしては、少し分厚い本で、
その本の中に、忘れられない話がありました。
若いダヴィンチが、
師匠の工房で一人の天使を描いたが、
その天使があまりに美しく、
師匠のヴェロッキオは絵筆を絶った⸻という話でした。

ウフィッツィ美術館の公式ガイドブックより
そしてその絵の写真も、
本の中に載っていました。
その天使の顔と髪。
そこにしか目がいきませんでした。
頬の内側から透けるような血色。
空気を含んだようにふわりと広がる髪。
「こんな天使、本当にいるのだろうか。」
子どもながらに、そう思いました。
⸻
それから何年も経って、私はヨーロッパにいました。
イタリア・フィレンツェへ行く少し前、
地中海の島、マルタに滞在していたときのことです。

ある日、街のバス停で、バスを待っていたとき、
ふと目に入った横顔に、私は驚きました。
黄金色の髪。
頬の内側から透けるような血色。
地中海の強い光の中で、
その人だけ、輪郭がやわらかく見えました。
そしてその顔は、
少年のようでもあり、青年のようにも見え、
年齢がよく分かりませんでした。
十四歳くらいにも見えるし、もう少し上にも見える。
天使というのは、
もしかしたらこういう年齢なのかもしれない。
しかもその横顔は、絵で見たあの天使と
ほとんど同じ角度でした。
ただ一つ違うのは、
彼がTシャツに短パン姿だったことくらいでした。
その不思議な組み合わせに、
私は少し頭が混乱しました。
彼は友人らしい数人のグループと一緒にいて、
マルタの離島であるコミノ島やゴゾ島からの帰りのようでした。

私は数分のあいだ、
その人をつい目で追ってしまいました。
「ダヴィンチの天使だ…」と。
もちろん、話しかけたりはしません。
ただ、心の中で思いました。
ほんとうに、実在するんだ、と。
ダ・ヴィンチが描いたものは、
どこか現実の中にある美なのかもしれない。
⸻
そして時が流れ、フィレンツェへ行き、
ウフィッツィ美術館を訪れました。

そこで、あの絵を見ました。
《キリストの洗礼》
師匠アンドレア・デル・ヴェロッキオの工房作品ですが、
左側の天使を描いたのは若い
レオナルド・ダ・ヴィンチだと言われています。

その天使を見た瞬間、私は思いました。
「やっぱり、この天使だ。」
小学生のころ、本で見たあの天使。
頬の血色も、
空気を含んだ髪も、
そのままでした。
そして実物の天使には、
ほんの少しの眩しさがありました。
「天使の輝きまで、描くことができるのだろうか。」
そう思うほど、そこだけ光って見えました。
⸻
小学生のころ、
図書館で読んだ一冊の伝記。
あのとき見た天使を、
私はずっと覚えていました。
そして大人になって、
フィレンツェでその絵を見ることになり、
過去の記憶が、
同じ一枚の絵の前で静かにつながった気がしました。
絵は、こんなふうに
人の時間をつないでしまうことがあります。
そして絵は、こんなふうに
人生の中で何度も出会い直すものなのかもしれません。

